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ここで、生きていく。

2004/10/26 vol.12
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見つめる先に、見えるもの。

日曜、電車に乗って畑のお手伝いに行ってきました。
会うのは8ヵ月ぶり、これで3回目、
そんな友達と一緒に、農家のお家に一泊二日のお泊り。

山に囲まれた畑、たくさんの緑と虫と生き物、流れる水に、いつもよくしてくれるやさしいご夫婦、3才のちいさな女の子、2匹の犬に包まれて。パソコンで痛んだ目と、苦しかった心はそこで、ひそやかに治してもらった。

 。  ゜  ○  。  ゜    ○
今回のお手伝いは、にんじんの間引き。二人で畑にびっしり生えたにんじんの中からよく育ちそうなものを選んで、8cmくらいの間隔に残していきます。

あ、にんじんの匂いがする。

そうつぶやく友達に、笑ってあいづちを打ちながら、いろんな話をしました。ひたすらにんじんを抜いて、虫を見つけてはお互いに報告しました。
みみず。くも。こおろぎ。ちいさな幼虫。かえる。
土の上を、中を、いろんな生き物が通りすぎていく。
うまくできてますか?ついでに周りの雑草も取っていきます。

採れたにんじんの赤ちゃんはまだまだ小さくて、主に葉っぱの部分を調理して食べます。いわゆるにんじん葉* 畑を歩いてやってきたたまさん(奥さん)が、「晩ごはんに使うから、ちょっとちょうだい~」といって、かごにどっさり採れた中からふたつかみ、これくらいかな、と持っていきました。うちのおばあちゃんは小さく刻んでしょうゆで炒めて、ごはんのお供にするけど、今回のは畑から取りたて、葉も柔らかいので、おいしい胡麻和えになりました。

にんじん葉の胡麻和えの作り方。
1. にんじん葉と油揚げを1cmくらいに細かく刻んで、いっしょにお湯で茹でる。
2. お湯から上げて、おひたしの要領で水気をしぼる。
3. しょうゆ、みりん、すり胡麻、練り胡麻で和えるだけ!おいしい。

夕方になると涼しい風が吹いて、今年3才になった女の子が畑の畦道の中をぽてぽて歩いてきて、「あのね、」と小さな声で言いました。こっそり笑ってはにかみながら、「あのね、ごはん、できたよ、」とやっと聞こえるくらいのささやき声で教えてくれて、その日の作業はおしまい。どっさり採れたにんじん葉を、かごいっぱいに詰め込んで、私と友達は、のりさんとたまさん、たまさんのお母さんが夕餉の仕度をする家へと帰っていきました。

今回のおみやげは、リンカラン。ずっと前の写真に写ってた、あの雑誌です。有機農、助産師、和の手作り入浴剤、民族楽器、ちょっとエコニュース、リラクゼーション・・・そんな話題が豊富な、ほっとできる内容。お二人はこの雑誌のことを知らなかったそうで、おもしろいね、って感心しながら夢中で呼んでくれました。

夜寝る前に、友達と少し本の話をしました。住山の夜は早い。疲れた体を休めるため、朝(あした)に備えて10時すぎに消灯。眠いことは眠いけれど、目をつむってもすぐに眠れそうにはありませんでした。この畑に来る少し前におむちゃんがメーリングリスト*で紹介していた本を、私はちょうどそのとき、本棚から出してきて読み返していたところでした。そんな偶然の話をして、おもしろいね、としみじみ話しました。 
*「にょきにょき関西」のメーリングリスト。食と農に関心のある学生が参加して、知り合いの人がやっている有機農のイベントや本の紹介などをしています。

その本「王国 その2」に、印象的なことが書かれています。
“ものを雑に扱った記憶”について。
届いた手紙、頂きものの包み、新しいテレビのダンボール、収穫した薬草。それらを開けるとき、取り込むときに、丁寧に扱うことが大切だということ。ものとの間に、はじめに「雑な関係」をつくってしまうと、その雑な感じがずっと続いて、自分にもよくない影響が及んでくる。逆にいうと、大切な出会い方をしたものとは、ずっといい関係が続く。そんな意味の話・・・だったと思います。

それからふたりで部屋にあった「1万年の旅路」という本を開きました。7月に来た時に、たまさんが教えてくれたこの本は、とても分厚くて、途方もない記憶の話。不思議な、気持ちになりながら、おやすみなさいをした。
 。  ゜  ○  。  ゜    ○
vol.12のテーマは『有機農(organic farming)』です。

有機農は、農薬や化学肥料を基本的に使わない、家畜のふんや野菜くず、雑草から作った肥料で土づくりをする。手作業や天敵の利用、除草で病害虫を防ぐ・・・など、自然や土の力を活かす農本来の姿に回帰しようとして生まれたもの。

また「自然農(natural farming)」は、農薬や肥料を使用しないだけでなく、土を耕さない、雑草をとらない、機械もほとんど使わないことなどが特徴。農や自然への対し方、生き方の哲学を強調するニュアンスもあるそうです。

今日では高齢化や、後継者問題をかかえる農家が増える一方、祖父母や親が農業をしていない環境に育っていても生き方のひとつとしての就農をめざして、多くの若者が、各地の有機農家や農塾で学んでいます。
 。  ゜  ○  。  ゜    ○
思ったこと、あったこと全部を言葉に出したわけじゃないけど、町から離れた、雨や虫や自然の音がたくさん聞こえてくる場所、明るい朝、真っ暗な夜、おいしいごはん、おいしいお茶、畑の中で動かした体、親しい人からもらう笑顔、決して強くはない、まるい、でもしっかりしたものに支えられた気持ち。

そういうひとつひとつが、必要だった。

゜。゜ 。゜ 。゜ 。゜ 。゜ 。゜。 ゜。 ゜。 ゜。
エコトバから、エココロを。
Live a life with the sense of wonder!
。゜ 。゜ 。゜ 。゜ 。゜ 。゜。 ゜。 ゜。 ゜。

all photos by maya at Noritama noen, Sasayama 10-11 Oct. 2004.
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by ekotoba | 2004-10-26 16:22 | 畑のこと。 | Trackback | Comments(0)

コトバにならない、だけどとても大切なこと。

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夏休みの9月。映画「誰も知らない」を見てきました。

コトバにならない、だけどとても重く、大切なこと。


子どもは生きていく。
どこにでもある町の中で、じわじわと押し寄せる荒廃と絶望の中で、それでも次の日を生きてしまう。

生きられてしまう現実。

その日の明かりの中で、夜の暗闇の中で、
子どもたちは砂のように小さく、強く光っていた。

何度も瞬くそのひとつひとつの瞬間が、表情が、横たわる記憶を呼び覚ましていく。
あの日のこと。いつかの日のこと。

そして大切なことを知る。
それはコトバにしようとすると、カタチにならない、
だけど今のこの町で生きていく上で、
必ず欠いてはいけないことだと思う。

この映画が描きたかったものは、

『危機を偶然乗り越えた先に起こる不可避の喪失と、さらにその先にある、これも決して甘いつもりはない「可能性」について。僕がみつめたかったのは、その「可能性」の中にある――それでも生きていくであろうたくましさと、生きられてしまうだろう、不幸とは呼びたくない現実だったと思う』         

 ―是枝監督 「director's note」より

まさにそう。子どもは生きていく。この、今の環境の中で忘れられ、町の中で見放されながらも、家の中で、公園で、遊び、笑い、食べて、また怪我をして、時にはそのいのちをなくしながらも、子どもはその目と、心と、体を持って、次の日を生きていく。

『こどもたちはとても柔軟な適応能力をもっている。戦後の荒廃した都市でさえ遊びを発見して明るく生きてゆける。それは、人間という種が生き残るために獲得した、他の生物と共通する能力に違いない。だから、多くの人間は子供時代には、環境と一体化して屈託ない生命を輝かせることができる。』
―My Place: http://myplace.mond.jp/

映画の中の子どもたちは、薄明るい昼の日の中で、暗闇の中で、ちいさく、そして強く光っていたと思う。あくまで淡々とした情景が、子どもの笑顔が続く映像の中で、それでも心に届いてくるものは、重く、言葉にならない大切なことだったと思う。


町の中で生きるということ。生き延びるということ。
絶望し、苛立ち、追い詰められて、悲しみに襲われ、
それでも、生きようとすること。
その目で見つけた小さな光に手をのばして、何度もつかみそこねながら、手の中につかんだ、ちいさな光をにぎって生きていく。

どこにも救いのない、絶望の映画だと書いている人もいた。
大人の無責任さや社会の冷たさを批判する人もいた。

だけど、私はこの映画をそんなふうに表さない。
キュッキュサンダルの、キュー・・・という切ない音がして、そのサンダルについていたクマの絵が写ったシーンで、私はいつもはぐっとこらえられていた涙をふいに流してしまったけど、この映画を、ぜったい泣けるよ、なんて紹介はしない。

この先就職して働いても、きっと子どもを産んで育てたいね。
ここ1・2年で、友達とそういう話をよくするようになった。

スクリーンに映る、子どもたちの笑顔はほんものだった。そこに映る人は、ものは、子どもを包むやさしさをふくんでいた。その素直な笑顔を見て改めて、将来は子どもを育てよう、と思った。そしてシングル・マザーでもいいなんて安易に考えずに、ちゃんと育てようと思った。

映画の後半になると、私は救いを求めた。だれかが現れて、この状況をどうにかしてくれないかと、心の中で願っていた。たぶんそうはならないだろうとどこかで思いながら。

子どもが生きるにはつらい時代だという人がいる。こんな時代に生まれるのは、自分の犠牲になるのはかわいそうだから、子どもは持たないという人がいる。

私は、それでも生きていく子どもたちが、もっと、生きられるようにしたいと思う。その子どもの笑顔が、強く光る瞬間を、見逃さずに、見守っていたいと思う。そして、その子が抱きしめてほしいと願う時に、ちゃんと手をのばして抱きしめてあげられる位置にいたい。寄り添うことができないのなら、その心を知っているということだけでも、そっと伝えたい。

この映画をみんなに見てほしい、とはいえない。だけど、この映画から伝わってきた「コトバにならない、大切なこと」はすべての生きている人たちに知っていてほしいと、切に願う。

"誰も知らない" produced by Koreeda director
"kaeri-michi-no-yuuyake-hikouki-gumo"  photo by maya at Saidaiji, Okayama.
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by ekotoba | 2004-10-01 16:21 | いのちのこと。 | Trackback | Comments(2)
 




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