いのちの長さ。


12年という年月が、長いか短いかわからない。 

犬には犬のいのちの長さがあって、私はもう22年を生きている。生きているから、この体はつづいているし、12年間のうれしさも悲しさも覚えたまま、新しい思いを知っていく。

夕飯の買物からの帰り道、ふと思い出して、そこに手をのばしてみても、もうふれて抱き上げる体はどこにもないのだと気付くことが、いちばん好きな犬が亡くなったということなのかな、と、ぽつんと思いました。

のばした手が空をかく。

そこには悲しいという気持ちはなく、もう涙が出ることはないけれど、それでも時々こういう軽い喪失感みたいなものをくりかえすんだろうな、と思います。
 
 六月(みなづき)の 地(つち)さへ さけて 
 照る日にも 吾が袖 乾めや 君に逢わずして
                     ―万葉―

6月、12年間家にいた犬はなくなりました。そのことを電話で告げられた夜から、私の思考も感情もどこかで麻痺してしまった。それまで、いつか死ぬのだろう、ということを自分に言い聞かせて覚悟しながら、それでも心の片隅では治るかも知れない、また会えるかもしれない、とかすかに期待もしていたのは確か。それでもその死を知ったとき、自分がどうなるのかということは予想できなかった。

バスに乗ってぼんやりしていると、夜になって手の空いた時間ができると、お風呂に入っていると、またなにかを思い出して涙がにじむことがショックだった。うまく笑えない、笑っている自分に傷付く。そんな不安定な自分がいやで、落ち込まないようにしようとしていたとき、友達がいる、それだけで安心できた。こんなことを会う友達みんなに口に出して話していたらその度につらいのでほとんど話さなかったけれど、それでも話を聞いてくれた友達に、深いところにはふれずに、さっぱりした空気でそばにいてくれた友達に、ありがとう。

To: ビビオさん
誕生日おめでとう!!!!!!! 11年前?にりかちゃんと一緒にビーちゃんを拾った日も、20日(日)の父の日でした。というわけで、12年が一回りしたんやろうね。風邪は治りましたか?台風には気をつけてください。こっちは学校が休みになりそうです。ではでは、お元気で。
From: まやこ

拾った日に送ったeカードは、犬が死んでしばらくしてから母の手で開けられました。拾ったときは汚れてぼさぼさだった、野良猫と遊ぶのが好きなふわふわの小さい雑種犬。空を飛ぶ鳥をながめて川で跳ねる魚を見ながら、土手の端まで歩いたとき、夜に電気を消して眠りにつくとき、縁側で本を読むとき、けんかして土手で泣いたとき、部屋中走り回って遊ぶとき、ただいまをいうとき、そこにいてくれてありがとう。胸を張って目をしっかり開けられるのは、もう少し先かもしれないけど、今はようやくちょっとずつ吹っ切れて、ゆるい上り坂を休みながら登っているところで。やっぱり今でもこの子が好きだと思う。家に帰ったら、母が運動不足でふとらないように、二人でいつもの道を散歩しようと思う。
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“dearest vivio, 2003.” Photo by maya
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by ekotoba | 2004-07-02 16:15 | いのちのこと。 | Trackback | Comments(0)
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